** * まちだ雑学大学 * ****

  講座概要


    
  第97回講座    2018.8.10  町田市文学館ことばらんど

             身体の中の“ゆらぎ”と“リズム”

           ―健康な心臓の活動は“規則的”か“カオス的”か?―

      東海大学名誉教授 佐光 興亜 氏



 安静な状態にあるヒトの正常な心拍は規則的に脈
打っているが、突然死の直前の心拍は不整脈のよう
な極めて不規則な変動を示すという考え方が広く支
持されてきました。一方、正常な心拍は厳密には規
則的ではなく、極めて不規則に変動しており、突然
死による心拍停止は、心拍の不規則な変動状態から、
周期的(規則的)変動状態への遷移の後に現れるとい
う、直観に反するような報告がなされています。
 健康な若者を対象とした測定データを基に、生体
情報科学の観点から、「健康な心臓の活動は“規則
的"か“カオス的"か?」というテーマについて考察
してみたいと思います。

〈心臓のリズミカルな興奮〉
 生命を維持するためには、心臓の収縮によって周期的に血液が動脈に拍出され、それによって
身体の各部分に十分な血液の循環が維持されることが必要です。心臓には、心筋のリズミカルな
収縮を引き起こすリズミカルなインパルス(電気的興奮)を生成しかつ、これらのインパルスを速
やかに心臓全体に伝達するための特殊なシステムが賦与されています。このインパルスは右心房
にある洞房結節で自励的に生成され、両心房に拡がり心房を収縮させ、更に左右心室に速やかに
伝わり心室を収縮させる。心臓のこの電気的興奮の時間的変化を心電計により記録したものが心
電図です。

〈心拍周期のゆらぎとスペクトル解析〉
心臓の1拍毎の時間間隔は心拍周期と呼ばれ、心電図の波形から算出することができます。健康
な若者を対象として測定した心拍周期のデータは、極めて不規則に変動しています。このような
不規則に変動するデータの特徴を定量的に抽出する手法のーつとして、「スペクトル解析」があ
ります。
 スペクトル解析の身近な例は、白色光線がプリズムあるいは水滴を通った時に7色の虹色に分
解されるときに見られます。純粋の色は単一の周波数の光の振動であり、白色光線は全ての色即
ち、全ての周波数の光が混合されたものであります。
 
 光がガラスや水の中を通過するときには、色(周波数)に
よってその速度(屈折率)が異なるので、混合していた色の
分解が起こります。光のスペクトル解析の目的は、光の中
に存在する全ての周波数成分(色の成分)を同定し、各々の
周波数成分の光の強度(明るさ)を算出することにあります。
 プリズムを一般化して、不規則に変動するデータを入力
し、そこから入力データに含まれる周波数成分を出力する
装置として、スペクトル解析装置を考えることが出来ます。
この装置の出力は単一のグラフに表示され、横軸に周波数
(Hz)を、縦軸には強度がプロットされ、パワースペクトル
密度と呼ぼれます。

く心拍周期の1/fゆらぎとリズム〉
リラックスした座位状態で測定した健康な若者の心拍周期データのスペクトル解析を行い、その
パワースペクトル密度を計算いたしました。心拍周期のゆらぎが0.01-1Hzの周波数帯域において、
カオスの特徴の一つであるl/fスペクトルパターン(変動の強さが変動の速さを表す周波数(f)に反
比例)を示します。それとともに、約3秒の周期を持つ胸腔内圧の変動に起因する呼吸性リズム、
交感神経と副交感神経のネガティブフィードパック〈変化を元に戻す)作用に起因する約10秒の周
期を持つ血圧調節リズム、更に、 交感神経による末梢血管運動の調節に起因する約18秒の周期で
変動する体温調節リズム、それぞれのリズムを示すピークがl/fスペクトルパターンに重畳してい
ます。

く結論〉
 健康なヒトの心拍周期ゆらぎには、不規則性(1/fゆ
 らぎ)と規則性(リズム)が混在しており、健康な心臓
 の活動はカオス的であると考えられます。
 
〈追記:「カオス」について〉
 物理学や数学で議論されている「カオス」は、大変
複雑で難しい肉容を含んでおります。決定論的に生成
されるランダムネス(無秩序性)を「カオス」と呼んで
いる文献もあります。
 不規則なゆらぎが1/fスペクトルパターンを示すこと
は、カオスの存在を示唆しますが、それだけから健康
な心臓の活動が「カオス現象」であるとは断定できません。その意味から、本講座では「カオス的」
と述べるに留めております。
 カオスの特徴の一つにバタフライ効果と呼ばれるものがあります。確定した法則(例えば、ニュー
トンの万有引力の法則)に従っているのにもかかわらず、出発点の僅かな違いがその後の結果に極め
て大きな違いを生じ、結果の予測が不可能になるような現象です。
 長期の天気予報があまり当たらないのは、気象のパタフライ効果に起因します。「北京で今日、蝶
が羽を動かして空気をそよがせたとすると、来月ニューヨークでの嵐の生じ方に変化が起こる」と比
喩的に表現されます。
    
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