** * まちだ雑学大学 * ****

  講座概要


    
  第101回講座    2018.12.21  町田市文学館ことばらんど

             カンボジア―私の支援と研究 三十年

          永瀬 一哉 氏
       特定非営利活動法人インドシナ難民の明日を考える 会理事長


 1989年、相模原市内の団地でインドシナ(ベトナム・
ラオス・カンボジア)難民への支援を始めた。日本社会
に戸惑っている彼らのために、団地の管理主事から日本
語や日本人のルールを教えるボランティアを依頼された
のがきっかけだった。こうして「インドシナ難民の明日
を考える会」を結成し、以来、難民支援とカンボジア本
国支援を行って来た。気が付けば30年になる。
 カンボジアは1970年に隣国ベトナムの戦争に巻き込ま
れ、以来1990年代まで戦乱と混乱の日々であった。21世
紀を前に完全に平和を取り戻し、国家再建が本格化した。
 

支援と研究について、いくつかお話ししたい。
 カンボジアの地方村に水道はない。雨水を溜めたり、遠くの川や池から汚れた水を運んでいる。
そんな村へ井戸一本を寄贈すると、衛生面、健康面に貢献するだけでなく、「キッチン」と「洗
濯機」と「風呂」をまとめてプレゼントしたのと同じことになる。そこで食事を作り、洗濯をし、
身体を洗う村人のコミュニケーションの場となる。村は活性化する。
 
ある地方の崩れかかった校舎を再建した
ら、先生の給与が打ち切られたことがあ
った。外国の支援があるなら給料ももら
えということだった。
 ある学校に欲しいものを聞いたらトイ
レと言うからプレゼントした。実際訪問
した時、そのトイレを見たら鍵がかかっ
ていた。きれいに、大事に使いたいから、
そうしていると言う。カンボジアを通し
て、私は色々考え込まされる。
 調査研究では、従来不明だったポル・
ポトの秘密司令部の所在地を訪問し特定
した。あるいは「カンボジアのジャング
ル少女」とされた話が完全な誤認であっ
たことを最初に掴み、カンボジア国営放
送テレビニュースを通して公表した。
 在日難民とカンボジア本国との関わりの中で、私は様々なことを学んだ。これからもまた、どん
な経験ができるのか、楽しみでならない。

    
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